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■やさしくない

会話が難しい。
自分の発言を勝手に補強されたり、過剰に迎合されるのを好まないからだ。
相手を意見の参照元として認めていないなら なおさらだ。
3人以上で話をしている場合、この「認めていない相手」が混ざっていると、自分の発言を勝手に補強されたり、過剰な同意や同調圧力で、私自身の意見とは違うニュアンスを場に提供されてしまうことがあるので、意見を言わず「ウーン」とか唸っていることが多くなる。
いちいち「ちょっと黙っててくれるか」とか「そんな意味のことは言っていない」と発言するのも、それはそれで会話中の流れや雰囲気を遮ってしまうので、そのように言うわけにもいかない。
勝手な補強をされず、自分の言いたい意味を保って発言しようと思うと、言葉を慎重に選ぶ必要がある。
それ以外に勝手な意味を付加されないような、確信をついた物言いをしなければいけない。

だから一対一で話ができる方が好きだ。
意見の交換に邪魔が入らないからだ。
つまり、フォローしようとか なるべく雰囲気を明るくしよう と思っている人がいると、「邪魔だな」と思っている。
やさしくない。
目的のために人の感情を度外視してしまう。

「角が立たないようにする」ことより、目的を重視するのは、結果として目的に多少近づけたとして、人を傷つけることが多いように思う。
でも ずっとこうだ。
学生時代は、部活などで半強制的に人間関係の中にいたので、よく「言い方がきつすぎる」と文句を言われた。
これを「文句を言われた」と思っているところが、すでに やさしくない。

おかげで大人になった今は友人が極端に少ない。
フレンドリーな人間関係から選ばれない人格をしているからだ。

上辺だけでもフォローする意見に同意しておけば、誰かを落ち込ませることは減らせるだろうに、出来ない。
「そうしたくない」という自分の感情に抗えていないだけなので、感情的で自分勝手なのだ。
ヒステリックな発散がない分、一見 感情的には見えないので始末が悪い。

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これは、私が非常に自己肯定の低い性格であることに起因している。
自身の作るものや発言、果ては容姿に至るまで、愛着や自己愛がめちゃくちゃ薄い。
褒められて嬉しいとかより、客観的事実の方を優先するので、例えば「漫画うまいですね」とか言われても、内心「見る目ねえな」とか思ってしまう。自分自身の実力を認めていないからだ。
自分に優しくないので、人にも優しく出来ない典型だろう。

これが原因で、よく怒っているとか不機嫌とか思われることがある。怖いとか厳しいとも言われてきた。
やさしくないだけ なんですけどね。

時々、これを「やさしい」と取られることもある。
たまたま誰かが「そうしてほしいな」と思った行動に重なることがあった場合だ。
完全に誤解なので、「やさしい」と言われると いつも面くらっている。

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